心太俳諧通信 切なさが君に似る五月

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澳門にて(1)-心太(11/13-22:28)No.85
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  ┗━Re:^2 澳門にて(1)-心太(12/20-01:17)No.194


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85澳門にて(1) 心太 URL11/13-22:28

1997/09/03
澳門へのフェリーはMTRの上環駅から直桔。
出国ゲートは閑散としている。
ジェットフォイロ、水中翼船だからか、揺れはほとんどない。
緑がっかた褐色の海。緑がっかた褐色の空。
そして人も褐色に染まる。
海の青、空の青と牧水が歌い得たのは、日本だったからか。
入国ゲートでパスポートの査証のページに20日間の滞在許可。
香港も中国本土も一月だったが。

フェリーの発着所の前には、観光の人力車(自転車で引く)、
観光のタクシーが、暇を持て余している。
しつこくつまとう運転手をふりきったものの、
どこへいっていいものやら、ガイドブックなどひろげていたら、
また付きまとわれる。ぼやっと左手をみれば Yaohan。
地獄に仏。澳門にYaohan。

(旧掲示板にのせたものですが、澳門の連載を再開するための
ステップとして載せます。)

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86澳門にて(2) 心太 URL11/13-22:34
記事番号85へのコメント
香港に出発する前に、三島の知人からYAOHANが危ないという話は聞いていた。
「華僑から数十億借りて、ボーナスに当てるとか、
中国大陸へ進出したものの、購買力がまだまだで」
澳門のYAOHANは閑散、売り子は欠伸をしている。
6階の特設売り場で、カップラーメンの特売。
そこだけ客が数人集まっていた。
いくら水曜日の午後1時だからって、客が少なすぎる。
フェリーの発着所の側だが、後ろはカジノ。他には商店も人家もない。
これじゃー、本当にYAOHAN危ないなと思って日本に帰ってきたら、
YAOHAN JAPANが倒産。海外は大丈夫だって、Why?


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87澳門にて(3) 心太 URL11/13-22:54
記事番号86へのコメント
地獄に仏のYAOHANじゃーなかった。
しかたなく一階に降りれば、先程はそう気にもならなかった、
入り口のインフォーメーション。
日本のデパートだったら、すまし顔の美女が、余計なことは
聞いてくれるなって顔をして、大体ペアでいる。
ところが、澳門のYAOHANでは
大男のガードマンが客を睨んでいる。
腰には鎖がきらきら。
ねーねーあんたは何をガードしているの


>

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92澳門にて(4) 心太 URL11/14-23:58
記事番号87へのコメント
どちらへいっていいやら、どうも見当がつかない。
しかたなくフェリーターミナル。
やっぱり観光タクシーの運転手につかまる。
見所4個所、2時間。400$がどうやら相場らしい。
一人、今日は泊まるのかと聞いてきた運転手がいた。
ゲストハウスも紹介して、350$でどうだと持ち掛けてきた。

古いMAZUDA 型名はわからない。助手席に乗る。
この車は18年来の友人だという。

古びたアパートの間をくねくね走り、
しきりにトキー、トキーから来たのかと運転手が聞く。
わからず困っていると、信号待ちで、東京と書く。
阿ーその近くだと。やっとコミニケーションが成立する。

つぎにまた、澳門は香港よりちばだという。
香港が東京で、澳門は千葉みたいなものだと
いっているのか、なかなかうまいことを言うもんだと
感心したのだが。

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118澳門にて(5) 心太 URL11/22-12:31
記事番号92へのコメント
千葉、千葉。
わかった。わかった。
食事も千葉。ホテルも千葉。
何でも香港より千葉 。何でも半分。
Oh cheeper! おー 真っ白。
やっとわかった。こうして日澳交流は深まっていく。
そんな事さわいでたら、
「China border」 フェリーターミナルから10分も
走ったかどうか。
ごちゃごちゃした路地に車を止めて
通りへ出ると、もう目の前に門。
何だか紡績工場の裏門のような。
ここが国境のゲートなのだ。はじめてみる国境。
池の前で、運転手が記念写真を取ってやろうという。

右手のギブス澳門の空に突き上げる

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126澳門にて(6) 心太 URL11/26-21:06
記事番号118へのコメント
次に案内されたのは、観音堂。
北伝仏教の最終地である日本では観音は女性的な柔和な姿で
知られるが、もうひとつの最終地ベトナムでは、観音は行動する人として
表現される。
さてその分岐点なった中国。何かが見れるかと思ったのだが、
中庭にあった幹をぐるぐる苛めて寿の字にしたという盆栽。
何だこんなもの。あとからガイドブックをみると、中国紀18賢人の像
があって、その中のどれかがマルコポーロだとか、
清とアメリカが通商友好条約を結んだ時のテーブルだとかあったそうだが
ドライバー兼観光案内人は、何も言わなかった。
それでいい。そんな胡散臭いものどうでもいい。



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151澳門にて(7) 心太 URL12/7-19:07
記事番号126へのコメント
寺の次は教会。物見遊山とは良く言ったもの。
西望洋主教堂。Penha Church。
白の漆喰の壁、ステンドグラス。
よく磨かれた信徒席の横長の机。
よく磨かれた神父の説教机。

最後列の信徒机にガードマンがいた。
白い紙に、びっしりとした印刷。ちびた赤鉛筆。
運転手とガードマンが声高に話す。
競輪?競馬?、行きの車で運転手が灰色の塀を
ドッグレースと指差したのを思い出した。

2人のお犬さんの予想も高い天井に木霊して、
荘厳に響いた。

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153澳門にて(8) 心太 URL12/8-23:04
記事番号151へのコメント
建物の正面の壁だけが残った教会。
広い階段を日本を追われたザビエルが上った。
彼に従い日本を棄てた信徒たちが続く。
天草の乱を彼らは知っていたのだろうか。
知っていた。彼らはその聖戦の勝利を祈り
あるいは支援の物資を掻き集めていたかもしれない。
大三巴碑坊(Ruins of St. Paul's)の階段。
このまま日が沈むまでここに座っていようかと思った。
土産物売りの老婆が私の前に立ち
澳門のコインのセットを無言でかざす。
その窪んだ目、「あー」と叫び出しそうになった。
ザビエル、あの肖像画のザビエルに似ていた。
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173澳門にて(9) 心太 URL12/15-22:39
記事番号153へのコメント
予定していた観光スポットは、一通り廻った。
2時間の約束が3時間になったが、運転手は慌てる気配もなかった。
市内の中心部で降ろしてくれと頼んだ。
彼が紹介するというゲストハウスをあてにはしていなかった。
右がフェリーターミナル、左がcity center だと笑って、
4つ角ですんなり彼は降ろしてくれた。
しばらく歩くとゆるゆるした坂道。そしてあの階段、
階段の上には、あのSt. Paul。こんなに近かったのか、いつでも
戻れるなと思いながらその下の家具店が並ぶ道を歩く。
パン屋があった。日本のあんぱんにそっくりな、ぱんがあった。
腹も空いてた。かぶりついた。たしかにあんぱんだった。
ただあんがごま油でねったある。いわゆる中華あんだった。




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174澳門にて(10) 心太 URL12/15-22:55
記事番号173へのコメント
みんながゆっくり歩いている。
香港に比べて、時間がゆったりしている。
日本に帰ってすぐに書いたものがあった。
そのまま載せる。

勝手に広東カットなんていうと、怒られますね。
刈り上げ、後ろと耳の周り。前髪は自然に額にかかる程度。
澳門(マカオ)でも広州でも、老若男女を問わずこのスタイルが多い。

床屋が4件の路地。みんな椅子が三つ。路地に平行に並んでいる。
その2件目。鏡は所々はげてるし、それに取りつけ金具はゆるんで、
斜め。椅子はへたっている。
丸首の半袖の下着(広東ユニフォーム)の気難しそうな親父。
くしゃくしゃな僕の頭に電気バリカン。後ろの下から決めていく。
それからなめし革で刃を磨いた手動バリカン。鋏のように
小刻みに使う。これでうとうと。そのあと鋏で上をそろえて、
すき鋏でならして、切った髪をはらはらと羽根のブラシで
終わり。23HK$
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191澳門にて(11) 心太 URL12/19-22:27
記事番号174へのコメント
シャンプーしてもらえなかったので、あまりすっきりした気持ちには
なれなかった。その床屋にはシャンプーができるような設備はなかったのだ。
それに刈られた髪が、少し背中にはいったのか痒い。
腰の曲がった老婆が額を階段にするようにして、逆光に消える。
セーラー服の少女たちが、石の坂を駆けていく。
いつのまにか海へ出た。濁った海に竿無しのどぶ釣。
黒い雲があっという間に空を蓋った。雨が落ちてきた。
僕は食堂に飛び込んだ。





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203澳門にて(12) 心太 URL12/21-09:54
記事番号191へのコメント
食堂に飛び込んでみたものの、壁には何のメニューもない。
床は水がぶちまけてあってつるつるすべる。テーブルは座りの悪い、
折り畳みテーブル。外は世界中の雨を澳門に集めてぶちまけたような大雨。
石畳の道が川になって流れ落ちる。
店頭には、日本によくある、おでんの長方形した入れ物。
小さく区切られていて、野菜や、モツや、魚が、ぎっしり煮られている。
鯵のから揚げのようなものと、チンゲサイのようなものと、里芋のようなものを
指差してみる。
山盛りのご飯の上に、選んだ具がたっぷりのっている。
ついでに、薬缶をドンとおく。烏龍茶というより番茶のような味。

味は悪くない。思ったよりさっぱりしている。
材料に応じて下拵えをして、汁の中で温めたという感じだから、それぞれの
味ははっきりしている。
(これについては、広州について書くときにでもまた触れる)

米は日本の米より少し長いかなという程度。
半分ほど食べたらもう食い切れない。芋が八つ頭のようなものだったから
なおさらだった。
お茶をがぶがぶ飲みながら雨を眺めていたら、雨はあっという間に小降り。
鉄パイプのテントが歩道にすばやく組み立てられ、傘をさした主婦が、
夕食の惣菜を買っていく。

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204澳門にて(13) 心太 URL12/22-00:00
記事番号203へのコメント
小降りなって食堂を出た。すぐに雨が止むかと思ったが、
なかなか止まない。街灯の無い町は暗い。
そろそろ宿を見つけなければいけないのだが、
どこをあるいているのか見当もつかない。迷路のようなビルの路地、
バイクの修理工場の明かりがもれている。
近くにホテルがあるか聞こうと、覗いてみたが誰もいない。
仕方がないと路地を曲がったら、
英京酒店の看板。London Hotel。
なるほど英国の京(主都)か。

部屋は広い。ベッドはダブル。天井は高い。バスタブも広い。で$270
昨日泊まった美麗都のゲストハウスは、トイレ付きのシングルの部屋だが
部屋は狭い。その部屋いっぱいのシングルのベッド。天井も低い。
狭いトイレの便器の真上にシャワーがあった。で$300。
たしかに運転手が言ってた通り香港より澳門は千葉だ。
右手にギブスをしての旅行だったから、メモが取れない。
でオリンパスのマイクロカセットに吹き込む。成田から香港、香港から
澳門のことを。明日は中国本土だ。

澳門にてはこれで一応終了。少し時間を置いて、ホームページに移そう。




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192Re: 澳門にて(1) 12/20-00:34
記事番号85へのコメント
>(旧掲示板にのせたものですが、澳門の連載を再開するための
> ステップとして載せます。)

ふぅーむ(・_・)
師匠は散文もなされますか・・・

笹の葉に散る雨を待つかたつむり

8才ころに絵を習っていた先生の家は
帰り道に笹が生い茂っていました。
梅雨どきはかたつむりがい〜っ^ぱい
いました。

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194Re:^2 澳門にて(1) 心太 URL12/20-01:17
記事番号192へのコメント
宏さんは No.192「Re: 澳門にて(1)」で書きました。

おかしな所に枝がついたなー。

>ふぅーむ(・_・)
>師匠は散文もなされますか・・・

その師匠というのは、止めて下さいな。くすぐったい。
>
>笹の葉に散る雨を待つかたつむり

夢いかが枯れ葉の下の蝸牛 心太