木の葉 27/Oct/1996  

引っ越しの最中に、私が二十のころ書いた文集がでてきた。
藁半紙にガリ刷り。いささか気取った文章で気恥ずかしいが。


  木の葉

 桜の発車時間までだいぶ間があったので、グラバー亭から浦上天主堂を回った。
7月の燃える日差しの中で、グラバー亭はひっそりたたずみ、
スケッチブックを抱えた姉弟を見かけただけだった。
輝く芝生の上に憩う人もないベンチが焼けただれていた。

 夕べあの思案橋の青い石を敷き詰めたアーケードの通りを、
ゆっくりと語らいながら歩んでいた人々は、何処に行ったのだろう。
高く澄んだ下駄の音は・・・
赤いシャンデリアのほの暗い喫茶店の2階で、空っぽのグラスを前にして、
じっと通りを見詰めていた少女は何処にいるだろう。
 私は次々に湧きあがる感傷を焼きつくしてしまいたかった。
ベンチに寝た。光が重苦しく唇が熱かった。

 天主堂の中に一歩足を踏み入れたとき、そこには光の苛立たしい饒舌から
一変してしのびやかな嗚咽があった。
先客が3人正面のステンドグラスにはめこまれたキリストを、見あげていた。
ステンドグラスに描かれたキリストは木訥な農夫のように見えた。

 立ち去ろうとしたとき、彼の胸に光が走った。
青いステンドグラスに木の葉が透けて映っている。
彼の胸に緑の木の葉がそよいでいる。

 私は祈った。十字架につけられし男、苦悩のうちに愛を叫んだ男ではない。
その魂のうちに風にそよぐ一枚の木の葉,
生命の証しを持つ者に祈らずにはいられなかった。


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