連句 FAQ
心太俳諧通信メーリングリスト(1996-1998)に掲載したものに、 心太俳諧通信掲示板に掲載したものを加えた。 春夏秋冬 連歌の構成が勅撰和歌集を範としたこともあって、 連句もその伝統を踏まえている。 春秋の句が多く、夏冬が少ない構成を取る。 構成を考えたとき春、秋がある程度纏まっていたほうがいい。 で春、秋の句は三句続けよということになったと思われる。 夏、冬は一句でもいい。 但し発句が夏、冬であった場合、脇は発句に季を合わせるので、 二句続くことになる。
定座 月、花は春秋の美の象徴であった。 一巻の中で詠まなければならないことが、みなわっかていても、 譲り合ってしまって、出が遅くなる。それでここで詠むこにしようと 定座が考えられた。といわれるが 関白二条基良が都から一時逃れたとき、連歌の座が設けられた。 ところが皆がこぞって月、花ばかり詠むものだから、連歌にならなかった。 と嘆いている。月、花の制限として定座を考えることもできそうだ。 定座の移動。 表の月の定座は五句目であるが、発句が秋である場合三句続きの秋の句で 月が詠まれるほうが自然なので、三句目が月の定座となる。 花については花の項で。
花 花も美の象徴である。 花というと、桜を指すことが多いが、桜を詠んでも、 花を詠んだことにならない。というのは、桜は花の一品種にすぎず 花の美の象徴ではないと解釈される。 また花の波は満開の形容で花として認められるが、 波の花は飛沫の形容で花として認められない。 ところが花嫁、花鰹などが、雑の正花として認められるという。 人生や味の美の象徴というこであろうか。 初折り裏の11句目、名残りの裏の五句目が定座とされているが、 連句のストーリーによっては、花を出したほうがいいなと思えるところが あれば出していい。また座によって花を詠む人が決まっていることもある。 その人が何かの都合で、先に帰る。じゃー表だけど、詠んでもらうと花が 表に回ることすらある。座の文芸の融通性である。 ここから花を持たすという言葉が生まれたともいうが、ほんとかどうか。
恋 連歌の時代にも源氏物語の各巻の名をそのまま 連歌の巻名にすることもあったということからも わかるように、恋は風雅の基本であった。 特に芭蕉は恋なくば俳諧(連句)にあらずと、 恋の句にとれそうな句があれば、すかさず恋の句をつけて 二句にしろといったこともあって、現在も二句だてが多い。 ただし芭蕉は晩年、一句で離れるのもやむを得ないなんてことも 言っているのだが。 思い、想い、夢、恨みなども恋の語とされている。
遣句 遣句(やりく)とよむ。 連句の進行が遅れたり、ストーリーが行き詰まったとき、 打開のために投げ込まれる句。 その性格上、前句との付け合いの善し悪しは問われない。 ただ多用すると、連句はずたずたになる。 連歌末期から頻繁に使われるようになった。 ここで面白いのは、芭蕉が 歌仙36句みな遣句と言っていることである。 また俳諧(連句)は、難きものにあらずともいっている。 付けのあり方に、苦慮して時間を費やすよりも、 まず座の進行、はつらつとした即興を重んじよということであろう。 ラジカリスト芭蕉の面目である。
連歌と連句 同じ言葉が、広義と狭義の意味を持ったり、時代によって意味が逆転したり することがある。連歌と連句もそんな言葉である。 広義の連歌は付け合い(掛け合い)文芸全般を指す言葉であり、 記紀の時代の問答歌、万葉の相聞、古今集での俳諧歌の揶揄合戦、 平安末期からの後句付け、室町時代からの前句付け、百韻、千韻。 そして我々が親しんでいる36句の歌仙も全て広義の連歌である。 連歌のスタイルとしては、片歌と片歌、短歌と短歌、長句(五七五)と長句 長句と短句みな連歌のスタイルである。 狭義の連歌は、長句と短句を複数連ねていくスタイルをさす。 1巻百韻というスタイルが多くそれを十巻で千韻。 それに対して連句は、まず言葉が成立したのが明治末期だといわれている。 御存知の通り子規は俳諧(ここでは付け合い文芸)を捨て発句のみを取り上げ 文学に足りうるものとして俳句を提唱した。子規没後芭蕉回帰に熱心だった、 虚子によって付け合い文芸への研究が提唱され、連句と命名された。 実際には芭蕉以降の俳諧の模倣からスタートをしていたのだから、俳諧でもよかったのだろうが、子規が俳諧をすてた手前もあったのだろう。、 その連句が現代にいたって付け句文芸一般を指す言葉として使われることすらある。
第三 文字通り3句目だが、4句目以降に第の字は付けない。 発句、脇、第三は、三つ物として、歌仙の中でも、特別な位置づけを持つ。 一巻の趣向を決定し、また一巻の出来不出来さえ大方決まるとさえいわれている。 趣向の決定に関しては、実際は歌仙を巻く前に、合議されていることが多く、 三つ物はその確認ということになる。 三つ物の即興の中で、趣向決めることは、今回の「本能寺」で笹が試みたが、 発句、脇の趣向が第三の決定までに至らなかった。 次に出来不出来ということだが、これは三つ物と平句を比較して論じられた わけではない。むしろ三つ物の詠手が、その座の手練によって詠まれることが 多かったからであろう。 発句 客、脇 亭主、第三 宗匠 が慣いであった。 遠来の客の挨拶、亭主のねぎらい、宗匠のさあみなさんで連句が始る。
てとらん 第三は連句のスタートの宣言だと書いたが、 そのために歌仙の中では特殊な留め(韻字)で終わることが多い。 て と らん 。圧倒的にてが多い。次にらん。その他はほんの少し。 ては ready、らんは Let's go という感じかな。 らんは平句で出ることは少ないが、ては出ることは多い。 readyの意味で出るとすれば、状況の再設定、仕切り直しを意味する。 そこには歌仙として何らかの停滞、昏迷があったことになる。 ただ ては別の顔をいくつか持っている。 たとえば、炭俵の歌仙夷講では、36句中都合5句。 安東次男の連句入門によれば、逆付け。 それと格別名前があがっていないが、 即時のてがあげられている。 逆付けというのは、短句と長句の場面で、長句、短句を逆にして読むと 短歌の一首として読めるような付けをいう。
切れ 発句は丈高くというのは、句の姿勢、在り方についての言であろうが、 平句の長句よりも、丈を高くする方法が連歌の時代から考えられるようになった。 どうすればいい。ジャンプ(飛躍)すればいい。切れの発生である。 付け合いの文芸は問い(誘い)を発し、応えを待つ形である。 発句は行きて戻る心という、問い(誘い)と応えを一句の中に持つということである。 二句一章(二つ物)と呼ばれる。それを明確にするために切れ字が多用される。 もう少し切れの発生について、考えてみると 発句はまず時候の挨拶(季語)と連句の端緒という二面性をもっていた。 暑い夜ですね、ちょっと町内でも回ってみましょう。 市中は物のにおひや夏の月 (凡兆) 発句だけが二面性ゆえ切れを持つ。以下の句では切れは持ち得ない。 連句は付ける。だがそれは他者の詩心に対してである。 句と句の間に自ずと断絶があるからだ。
平句 平句(ひらく)、三つ物と揚句(挙句)を除く句を総称して 平句という。平句は季をもつ必要は必ずしもないが、その前句により 季を合わせのための季語を必要とする場合もある。 発句の二面性については、「切れ」で書いたが、平句も別の二面性をもつ。 前句と付き、前々句と離れるということである。 もう一つの二面性も持っている。前句の応えであり次句への問いでもある。 連句では第三までで、おおよそ一巻の善し悪しがわかると、いわれてきたと 書いたが、ここで芭蕉のトリッキーな発言が飛び出す。四句目についてだが。
四句目 ちょうど進行している歌仙が四句目にさしかかっている。(1997年) 四句目に関してはしっかり引用しておこうと、種本を用意していたのだが、 電車のなかにでも置き忘れたようだ。 さて、四句目は、軽々と速やかに詠めといわれている。 第三までで、一巻の挨拶は終わっているし、次は月の定座。 それに短句のことだし、第三を受けて無難にというところ。 ところが無難ということが、とてもやっかいだ。 点取り俳諧が横行していたころは、四句目で苦労しても点が入らず、 みな詠みたがらなかったという。 ここで芭蕉のトリッキーな発言が飛び出す。 人の軽んじる四句目に秀句を出して、みなを驚かせよう。 蕉門の実力を世に示そう。 驚かすといっても、鬼の面をかぶるわけにはいかない。 よく連句の構成とポジショニングを意識して、的を射よということだろう。 第三までが小さく纏まってしまったら、変化もしなければならないし、 たしかに四句目は歌仙の成功を占う重要なファクタであるらしい。
輪廻 御存知の通り仏教用語として知られるが、連句においても 重要なキーワード。輪廻をどう回避するか? 付け合い文芸において進行中たびたび訪れる危機に、 出句の渋りと、この輪廻がある。 連句でいう輪廻とはストーリーの循環と、その結果による渋滞を示す。 芭蕉が一歩も退かぬ心というのは、輪廻に陥るまいということである。 連句の作法の大半は、この輪廻を回避するための試行錯誤の結果といえる。 嫌去り、差し合いというのがそれで 打越(前々句)とは離れよ。 同字、同類は4句以上へだてよ。 同場は4句以上続けるな、その後同場は4句以上へだてよ。の類。 これらは、ルールとしておぼえるというよりも、連句の進行を注意深く 観察すれば、自ずとわかってくることである。 北枝の自他の分別なども積極的な輪廻回避ともいえる。
揚句(挙句) 歌仙であれば、36句目、最後の短句である。 揚句の果てはここからきたそうだ。 すでに、座の感興も達した後だから、速やかにまとまればいい。 つけの善し悪しはあまり問われず、めでたくというところだが、 成り行きによっては、めでたしでは、座が白けてしまうこともあろう。 挙げ句でも輪廻はまずいが、発句につながるようにしかけるのも一興。
連衆 連句の席に連ねた人たちで、1巻に句を挙げた人だけでなく 執筆(書記係)、捌(ガイド及び判定)、それから句をあげたが 採用されなかった人も含めて連衆という。 執筆、捌が句を挙げないこともあるが、小人数では句をあげることが多い。
歌仙 連歌の時代においては100韻が主流だったと。 一日に休憩を挟んで50韻。2日で百韻。 その休憩の間狂言として、宗匠たちの簡略化された連歌が行われた。 藤原公任が36歌仙を選んだのが平安中期、それが36句をして歌仙という由来。 現在連句のもっとも普及している形式。
表・裏 執筆は懐紙に句を記録するわけですが、かっては懐紙を二つ折りして、その表と裏に したためた。歌仙では懐紙は二枚。以下の構成 一の折り 表 6句、 裏 12句 初表、初裏ともいう。 名残の折り 表 12句、 裏 6句 一の折りの表には興行年月日、場所、作品名を書き、 名残の折りには連衆別の句数を書く。 序・破・急 もとは雅楽の構成の区分であったたが、文芸にも転用される。 歌仙では 序 初表 穏やかに静かに 破 初裏から名残の表(の半分)陽気に華やかに、変化に富んで 急 残り 一気に収束 という。半歌仙だったら、 表 序、裏半分 破、残り 急となるか
自他連句で描かれる場面で自分の事として詠む、他人の事として詠むと いうことだが。自だけ何句も続けるな、他だけ何句も続けるな、視点を 変えよとなるだろうか。北枝の提唱といわれる。 問題は自他の基点をどこに置くかだ。あくまでも今連句に登場している 人物を通してである。
輪廻2輪廻の回避というと、前々句から離れよ。同類同場は何句隔てよ などが力説されるが、何度か歌仙を捌いてみて感じることは、 同じ人が同じ発想で何句も投げる事が多いことだ。 それらの句が離れていると、一見輪廻にあたらないように見えるが、 これは一番気をつけなければならないこと。 そう輪廻の回避の眼目は自在な発想ということなのだ。
本意ほいと読む。天下人秀吉に招波が連歌の手ほどきをしたとき、主眼としたのは 本意論だと言われる、 物はその物生来の美しさを持っている、それは万人が感得できるものである。 それが本意。、 月を例に説明すれば 月はきれいで、円く、大きく、そして秋の空によく映えるということだ。 だから月についてそれらの修飾はいらない。 いわば典型の了承ということになる。 俳句でいう季語とは本意をもとにするわけだが、故事や行事にモよることが多い。
会釈(あしらい)連句が変化に富むことはいいことだが、あまりに奇をてらうと 落ち着かないしかえって空疎さだけが目立つようになる。 前の句と後の句を自然にさりげなくつなぐことを会釈という。 かって宗祇が北野天満宮の連歌奉行になったとき、彼の先輩にあたる なにがしが、彼は秀句を詠まなくなってめでたいと誉めたという。 いわば会釈は地の文、地の文がしっかりしてこそ、秀句も成りたつ。
独吟文字通り一人で詠む。 一人じゃー気ままに詠めるかというとそうもいかない。 まず式目を決めそれに沿って詠んでいく。当然、輪廻はいけない。 それと後戻りもダメダ。句につまったからといって、前の句を手直し しようなんてもっての他。潔さがなくなる。 それに誰にも迷惑がかからないからといって、だらだら時間をおいては だめだ。即興性が失われる。 それだけ気をつけてみてもやはり単調さはつきまとう。 座の文芸というのは、誉められれば舞いあがり、ちょっと批判されれば 落胆し、何も言われなければ寂しくなる。 その一喜一優が座でもあるのだが、たまにはそれから離れて独吟を 試してみればいい。自分の実力がどの程度かいやというほど 思い知らされるだろう。
両吟二人で交互に詠んでいくのだが、そのまま一句づつ詠んでいくと 長句の人は長句ばかり短句の人は短句ばかりになってしまう。 で一人が二句づつ詠んでいく。長句、短句を一人でよむと、短歌のように なってしまうから、短句、長句を詠むわけだが、短句側が前句への受け、 長句側が後の句への謎と分裂しやすい。 笹も一度だけやったことがあるが、二句を一度に受け取るだからだろうか リズムが掴めなかった。
三吟独吟、両吟を除いて、当然連句の規模によって連衆(連句に参加する人) の数もおおむね決まる。 現在広く行われている歌仙形式(36句)で3人から5人だろうか。 三吟は文字通り3人で詠んでいく。 笹の掲示板ではもっぱら半歌仙(18句)。 連句らしさを味わえる最少規模といわれている。 連衆も同じく最少規模。有る意味では理想形である。 具体的あげれば 1 膝送り(順番に詠む)で連衆が長句(5・7・5)と短句(7・7)を 交互に詠むことができる。 2 月花は俳諧の務めといって、必ず月・花を詠みこむのだが、 月2句花1句を3人に割り当てることができる。 3 膝送りなので誰かが詠んでくれるだろうという安易な気持ちが なくなり座(進行する連句)に集中できる。
式目1巻のうちにこういうものを詠み込もうというアウトライン で、連歌の宗匠のあい狂言であった歌仙は最初式目なしとされた。 とはいえそこは連歌の宗匠たち、やはり身についたものは捨てられずに 自然に式目にそう形になったものと思われる。 それが連歌がすたれ、歌仙全盛の時代になると、宗匠だけの遊びでは なくなる。その裾野を広げるためにも式目は必要になった。 では何を詠み込むか。 月、花、恋は必須とされ、 ついで神祇釈仏、名所、人名もあればよしとされる。 当然、月、花を軸とする季節の移ろいが詠み込まれる。
ホームページへ戻ります