連句の勧め1

何年前か、新聞のコラムにこんな記事。 インスタントコーヒーのメーカ。 ブレンダーさん達の毎月の研修で俳句。 その場で課題を与えられて詠む。いわゆる席題。 少ない言葉の組み合わせで表現する俳句が、 やはり限られた材料の組み合わせで新しい味を作りだす、 ブレンダーさんたちの感性を鍛えるために効果があるというのだ。 私も俳句をかじってはいるが、ここ数年連句の指導めいたことをしている。 創造力を養うという面においてはたしかに俳句は効果があるだろうが、 状況を把握する力、なぞを見つけ出す力、決断する力を養うんだったら 連句が一番。まさに企業人に必要とされるものじゃないか。 ちょっと待ってくれ、連歌は聞いたことはあるけど連句って? 失礼した連句というのは、連歌を小規模にしたもの。 数人で長句(5・7・5)と短句(7・7)を繋いでいく。 「連句の作法とはえへん」ともったいぶる奴がいたら石でも投げるがいい。 なぜか、数人でディスカッションすることを考えよう。 人の話をよく聞く。 流れにそって発言する。 同じ話題はくりかえさない。 疑問点を明らかにする。 自分の分担を理解する。 これはどんな事をディスカッションするにしても必要なことじゃないか。 それがそのまま連句の作法なのだ。 一つ例を挙げよう。 付き出し食らいオヤジと熱燗 次が私の番、私の分担は地名を詠み込むこと。 上の句を読むと2つの疑問が湧く。 「付き出し」て、居酒屋にいけば勝手に出される、いわば自分の食いたいものが出 るまでの待ち。  まあのんびりつまむものだが、それを食らう? 突き出しだけの客と店のオヤジが酒を飲みだす? この付き出しに客が特別な思い入れがあり、その思い入れにオヤジも 感じるものがあった。そして意気投合したと考えた。 でこんな風につけた。 付き出し食らいオヤジと熱燗 コンニャクと在はいっしょの前橋で 付き出しのコンニャクは群馬の名産。前橋というよりは桐生あたりか つぎに詠む人は私がどうつけたかを解釈して、何故前橋かを といていくことになる。 かって戦国の武将たちにこの文芸が好まれた理由も、見えてくるだろう。

連句の勧め2

連句は世界でも希な文芸。 何が希か 1 一句、一句が゛とても短い。  長句で 5・7・5の17文字。  短句で 7・7の14文字。  特に短句は、定形詩の分野ではおそらく一番短い。 2 複数の参加者が詩を作っていく。  3人程度なら外国でも例はあると聞くが、  現在一番ポピュラーな歌仙でも5、6人。  百韻で15、6人が参加可能だ 3 くり返しを許さない。  これこそ最初に書くべきことだったかもしれない。  世界中の詩は、このくり返しを基本的な手法としている。  だが連句はくり返しを許さない。  前の句に対しては付く。  意味論的、言葉の遊びとしてでも。あるいは悪ぶって反対語を並べたとしても。  だが前々句に対して離れる。こちらの方が難しい。  余り意識過剰になると、悪ぶって付けたのと大差なくなってしまう。  しかも付くと離れるを同時にする。こう書くとすごく難しそうだが、  日常のやりとりで、考えればたやすい。  何か誉めることが、暗に何かを謗ることになりうる。 誉めることがそしることなんてちょっと陰険な例だったか  じゃー実例をあげよう。2、3が私 1 満月に遠足疲れの寝顔あり  智 2  夢に会うは坂本竜馬 3 リストラで終わってたまるか日本人 歩き疲れた少年の夢の中には昼間博物館でみた竜馬の勇姿。 幕末維新のエネルギー、日本人が日本人を意識し始めた時代。 そして今日本人が日本人であることに自信を失っなっている。 先週N社は2万1千人のリストラ計画を発表した。 2,3は日本でつながり、 1、3は少年と壮年、遠足とリストラで離れる。 この3を3’海援隊に青き飛沫 などとしたら確かに2と付いているが2の解の少年の夢の中の 風景となり1と離れていない。 これで付くと離れるの説明終わり。よかった。よかった。 ところがところが1,3を並べてみると 1 満月に遠足疲れの寝顔かな 3 リストラで終わってたまるか日本人 子供の寝顔にリストラなんかに負けてたまるかとつぶやいている けなげなお父さんが現れてくるじゃーないか。 ということは1.3は離れていないということになる。 即興の場ではよしと思えても、あとから考えて見ると マズッタなーと思うことばかりだが酒の酔いに似る。 連句の場で どきどき、ふうー 終わって はらはら、ふうー どう連句ってなかなか「ふうー」な文芸でしょう

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