吹寄せ39[椀]

合田今日も地味に艶やかな夕食を飾る
そうですね。脇役ながら重要な椀物。「椀 」を頭につけたほうが。 
若葉艶の字から炊き上がりの光るご飯粒・・それとも彩り添えた汁椀でしょうか
ソーヨン質素なる我が家の夕食にも、美しいお碗や食器の模様にほっとするような、豊かなこころを感じています。
椀というのは色も形も派手さは無いですよね。木地そのものだったり。
素人平凡であることの良さをしみじみと想うひとときです。
氷心今日も…に共感、汁椀でしょうね、私は家での食事に汁がないと機嫌が悪い。
オジャラ今日も地味にというのがいいっすね。要らないような気もしますけど、気持ち解るなあ。
TARA漆のきちんとしたお椀。上等の粗食。合田さんの食のポリシーですね。
地味につややか、塗りの真骨頂ですね
兎角飾る が無いのも良さそうですね 「地味」があるので飾ってしまうとちょっとけれん味が出るように感じたんですがどうでしょう
暁兵「地味に」だと「飾る」じゃなく「支える」って感じですが・・・・。
昭雄演出者の腕の見せ所ですね。
心太そのままよめば「地味に艶やかな」は夕食にかかるね 「つややかな夕食」を地味に飾ることになるのか不明
のぶえ一椀を以つて足る僧駅の前
時代と共にあまり見かけなくなりました。家々を廻っていた山頭火は米を手でじかに受け取っていたようです。「以って足る」に作者の思い入れを感じます。
若葉滅多にお目にかかれませんがたまに今でも見かけますね 修行僧でしょうか・・
ソーヨン子供の頃、家の前に立った僧侶の重荷のある姿を忘れることができません。人を信じられないことも多々あるけれど毅然と自分を信じて生きて生きたいような思いになります。
禅の僧侶を思い浮かべました。
素人最近は黄色の衣の華やかなパーフォーマンスの異国の僧も見かけますね。
氷心私は、モノを抱え込んでしまう私を実は否定している。憧れです。
オジャラ日々精進っす。
TARAあれ、何をしているのかわからない。 何を訓練しているのですか?  募金とは主旨が違うの?
恵むより恵まれるほうが難しいのでしょうね。その僧のここまでの人生を考えるときがあります
兎角なぜ駅の前なんだろう
心太托鉢という修行の一環ですね。じっさいにあのお椀だけで生活するんですね。でも足らないようですよ。
のぶえ八十路一椀伏せて足る
前句と共に読みました。静かな境地ですね。食いしん坊の私はとてもとても。。。
若葉質素とも違った生き方の現われとも詠めました
ソーヨン黙々と文句も言はず自分の道を歩いた父を思い出します。
句に重厚さを感じます。
素人一椀伏せてに強い意志がみなぎります。
氷心食事の提供者に何かしら主張しているのでしょうか、でも句には寂しさも匂う。
オジャラ一人で食事をすると、どうしても、粗食になりがちっす。
TARAうちのお義母さんも80代。 頑固に晩ご飯は「一汁三菜」を守ろうとします。 ヘルパーさんに「贅沢すぎる」と言われてもこれだけは絶対みたい。 のぶえさんは贅沢は言わないようにしているの? ちょっと難しい句。
家の母は小食ですが、好きなものしかいただきません。必要なものが減ってくるのと申します。足るという気持ちは、10代にはまったくないし、親の代にも足りない気持ちがあります。三世代ならんだ夕飯を見ていると、足ることを学ぶのには時間がかかるなとおもいます
兎角うーん 尾形亀之助が浮かびました
暁兵この間「すき焼き食べたい」って電話してきたのは誰だった?
昭雄凛とした姿が目に浮かぶようです。素敵な年の取り方でもあると感じました。
「我只足るを知る」という言葉を思い出しました。年を重ねた気概、悟り、そんなものを感じます。
心太自然と食もほそくなりますし、嫌いなものを無理してたべるのはむりでしょうね。それを足るとおもえる日は、さあ次のことですね
ソーヨンあたしより大きな茶碗で食う息子
(笑)夫は、見上げては説教しにくいので座らせてましたが、なんとなくそれを思い出してしまいました。
若葉育ち盛りはどこの家庭も男の子はそうらしいです スポーツやってる子供の食欲や如何ほどか・・
Write_Man俺かよ・・・(汗
うちももうすぐそうなります。
素人そのうち丼も必要になります。
氷心炊飯器の内容器…要するに釜ごとですな。これに顔を突っ込まんばかりにして食っている息子の姿に笑うことを堪えながらも、さすがに叱り飛ばさざるをえませんでした。
TARAあたしも中学の時は、どんぶり飯のおかわりしたなあ。 お腹がすくもん。
ふつうの大きさだとお変わりが大変。3口でたべちゃうんだもん
兎角あー、白御飯食べたいー
暁兵健啖は健康のシンボル。
オジャラ普通っす。『アタシより』というからには、ソーヨンさんも、かなり大きめなんっすか?
昭雄大きくなれよ〜という願いの賜物ですね。健康が一番ですね。
心太育ち盛り、親をおいこしていくときですね。
乞食に朱椀 私にあなた
あらら、なんてこと。でも、けっこう複雑。
若葉相対する組み合わせの妙なりき・・
ソーヨンそれほど、大切な人だということではないのですか?
素人↑私もそうだろうと推理しています。
「あなたは朱椀」、「わたしは乞食」、立派すぎるんですか?そんなに、自己卑下しないでください。
氷心生きていく上で必要不可欠。だが、飢えと渇きをいやすには上等な塗りよりも中身が重要です。
TARA「上等なあなた」が「哀れな私」に愛の施しをする。 「あなた」に皮肉を言っているの? 「私」が悲しいの? 
兎角実景として見ると、乞食、朱椀 どっちかどっちなんだろうね なんて会話しながら通り過ぎる二人を思い浮かべました。「に」の効用。
暁兵酔っ払ってる時に詠んだに違いない。だから瞬間的には本音でしょう。
オジャラうーむ。これは、ブタに真珠、ネコに小判とおんなじことっすか?
身丈に合わない恋ですが♪〜
心太いるのかいらないのか微妙ですね
もう一度買ってみようか夫婦椀
仕切り直しか。うーむ。
若葉新婚時代に戻りたい・・そうあのころの新鮮さと熱情を今一度
ソーヨンどんどん買って下さい。しみじみとした何年も折り重なった夫婦の坂が見えるようです。
素人↑同感 人生、紆余曲折があっていぶし銀の艶も生まれるというもの。
氷心ぜひそうしてください。
TARA結婚式の写真を見える場所に飾るもの効果あるかも。
兎角うちは最初からそれぞれ好みのを買ったなぁ
暁兵これって、亭主も取り替えるってこと?
オジャラ割れちゃって片方になっていたんっすね。たはは。
昭雄そう言える夫婦になりたいですね。
主人は100均のお椀でいいと申しています
心太夫婦という絆を深めるためになるなら、2度でも3度でも。
ユズヒコ父母僕茶碗重なる食器棚
食器棚の中の家族。重ね順も決まってるかしら。そのうちユズヒコさんの大きな茶碗が一番下に。
若葉大事にされている一人息子の僕が見えます
ソーヨンうちの家でも良く似た順序です。もう一人いますけど・・・同じような思いでいつも食器棚にしまっています。
素人一番大きなお茶碗を下にするのが自然の法則に適います。
氷心食い盛りの頃でもカミさんは私のより大きな茶碗を息子にあてがうことはしなかった。で、息子が家を離れた今も私のに重ねて息子の茶碗。私は時々彼の茶碗で食わせられる…訳は「時々は洗わないと…」オイッ!
TARA「家族」というテーマで写真を撮る宿題が出たの。 まさしく、この句のまんまを写真にしようとしたが、食器をきちんと撮るのがあまりに難しくてやめました。 シンプルなものほど秀でる技術は難しい。
うちなんか6個かさなってる。
兎角うちは食器棚がしばらくなくて、あれは困った
暁兵家族を具象でシンボライズしていて良い句です。
オジャラ確かに、重なってるよねえ。そういえば、今日、大量に届いたよな(バリで使っていた食器・・・)
心太聖家族ですね。 椀で知る家族の睦や五月尽
昭雄なぜか家という厳然とした存在感を感じます。
暁兵椀にコイン 八月の空
「コイン」をそのままとれば、東南アジアの光景のよう。ジリジリとした暑さが感じられます。
若葉残り硬貨を椀に入れて・・旅帰りの8月片付けていたらポケットからコインが・・で椀に入れた?
ソーヨンお碗にはいろんなものが入るけど、このお椀にはどんな思いが込められているなかな?
素人銭を入れるとコイーンと音がします。そのあと帰ってくる音はさまざまです。南無妙法蓮華経だったりおありがとうだったり・・・
子供時代、駅の地下道で戦争で傷痍を負った白い衣服の人の姿をよく見かけました。「椀にコイン」と「八月の空」とからそういう風景を思い出してしまいました。
氷心喜捨を受ける側の視線。一礼して頭をあげると、その方はすでに立ち去っており、八月の眩しい空だけが残っている。人ではない、神仏が与え賜うたのだ。
TARAチャリーン・・・・南無・・・・・
東南アジアかなぁ。ざわざわしてた街がなんだか静かになってだれも動かない昼下がり。
兎角椀にサイコロ 師走のお空 とほほ
暁兵私のモチーフではないけれど、氷心さんの解釈面白いですね。
オジャラおおっ。物乞いっすかね。それとも、托鉢僧?暑い時には、同情して、コインの数が多くなるとか・・・?そんなことないよな。
心太広東での青空の下のばくちの風景を思い出した。
昭雄コインの金属音が耳に響いてきそうです。それだけ時代の中の八月は強烈なのですね。
暁兵椀の底の鳴門 俺も
いろいろに読めます。お吸い物の彩りにも欠かせないもの。でも地味な存在ですね。曉兵さんは鱧とか鰻肝かも(笑)。(存在感があるっていう意味です。失礼しました。)
若葉鳴門の渦潮 渦の芯から湧き上がるエネルギーが欲しいと思ったのでしょうか
ソーヨン自分自身に言い聞かせる。頑張れ、少し私はくたびれましたけど。
素人俺も のあとに何が省略されているかで句の価値が変わります。
椀の底の「鳴門の渦」と読みました。その渦のように何かがうずまいている心。
氷心伏竜が垣間見えたに違いないのだ。
TARA薄く斜めに切ったピンクの「うずうず」がペラッとラーメン丼の底にはりついてました。 感慨深く、じっと見つめる暁兵さんでした。 
誰の掌の中でまわっているのでしょう。
兎角渦潮と読めるのと、かまぼこ鳴門と読めるのと このあいまいさの良し悪しはどうでしょう
オジャラ吸い物に、最後に残った『なると』なのか・・・。好きだから最後まで取っておいた口っすよね。嫌いだから残したんじゃないっすよね。うん。
心太最後に残ったというのだろうか、この自嘲は。自嘲をさらに自嘲してるのかな
昭雄さて何を椀に盛ろうか独りの夜
余裕と楽しみ。いいなあ。
若葉料理を楽しむお方ですね 出来上がった椀の出来栄えに満足そうな表情が浮かびます
ソーヨンそれはですね、やっぱり盛るとしたらたっぷりの方がいいですか?少しでいいですか?お腹すくと哀しくなるから。
素人後日談を明かして欲しいですね。
自由と解放の一人の夜。食事はゆっくり手作りで。それとも新作の漆塗りのおわんがとうとうできあがったのかしら。
氷心結局お茶漬けだったりする。男独りとはそういうもんです。
TARA海老しんじょ の 葛あんかけ 木の芽添え なんてね、凝りすぎ。
読みかけの随筆、あしらいに通り雨と月、椀がととのったら静かに冷酒をそそぎます、お一人の夜にどうぞ。
兎角いいですね〜 カップ麺じゃあ最初から盛られてて(笑) TARAさんえびしんじょあれは最高です 一度しか食ったことないけど
暁兵筍と鶏、出しは昆布と鰹節、ほんの少し薄口醤油、山椒の幼い葉を添える。
オジャラ椀に盛るからには、煮物なんっすかね?ウチの場合、トマトだったりしますけどね。
心太いろいろな惣菜が冷蔵庫に用意されてるんだね。盛ろうかというところに愛妻の影が
欠けた椀漆でついでハクが付く
塗り椀、私も一応、木材+漆のを使っているので、愛着がわかります。これは特別なものなのでしょう。
若葉漆塗りの椀は熱を通しにくいので手に持っても熱くない利点があり重宝ものです なおさらです
ソーヨンそれほど長く愛着のあるのは椀だけですか?
素人だからどうなんだと言ってみたくもなりました。
氷心瞬間接着剤だとキズが残るだけですもんね。
TARAおまえさん本漆だってね。あったりめーよ。  「ハクが付く」という言い方が自慢げでおもしろい。
漆も「ハク」になるんだ。
兎角そうか、欠けた椀て修理ができるんだ 捨てちゃうもんな
オジャラプラスチックだからな・・・。
心太ほんとうにいいものなんでしょう。
「大馬鹿者」最後の便り茶碗酒
これはやはり茶碗酒でしょう。「大馬鹿者」と書かれた便り、書いた便り、届いた便りに「大馬鹿者」と呟いた、どれともとれますが。
茶碗酒呑めば忘れる馬鹿女
若葉酒でうさを晴らすといった所でしょうか どんな内容の便りだったのか想像いろいろと浮かびます
ソーヨンすっとします。何でもかんでも飲み干してしまいましょう。私も吹っ切りたい。
素人エンギリでしょうね。出したか受け取ったか。
氷心自棄酒で大荒れ、椀を投げつけ卓をひっくり返し飛びかかって、人を病院送りにしてしまってからこちら、私は楽しい酒しか呑まないことにしている。
TARA勘当した子だろうか。破門にした弟子だろうか。それとも生き急いでしまった人だろうか。 残されてしまいました。
兎角回想になりそうな。これが最後の便りだと知っている。茶碗酒以外の酒でも味が出そうです。
暁兵夜さんの三案では最後の、届いた便りに「大馬鹿者」がすっきり入ります。「大馬鹿者」には陰湿さがなくていいです。愛情さえ感じます。
オジャラ大馬鹿者と言ったのはパパ。最後の便りというのは、もう他界されたということなんでしょうか?いつも酒を茶碗で飲んでいた酒豪の思い出ばかり湧いてきますね。
心太最後の便りをだしてじくじく茶碗酒を飲んでるのかな
昭雄大馬鹿者と言えるほどまで飲兵衛を極めたのか‥‥。酒と大馬鹿者ってぴったり合いますね。
素人父さんには小さい方 子が並べる夫婦茶碗
あはは。面白いです。子供はお母さんの味方かしら。母の日だったのかな。それともお父さんの健康を考えてくれているの?
若葉はっきり言ってお母さん太ってるのかな・・なんて・・楽しい家族
ソーヨン子供は母が大好きです。というのが定番ですが、私は父が大好きでした。
ご飯を作るお母さんに較べて、外で働いてくるおとうさんのしごとは子供にはわからないんだもの。お父さんが炊事をした日はお父さんに大きい方が。
氷心わが家ではこういうことはなかった。この句で、あってもよかったかなと思わせられている。
TARAノミの夫婦。
少しおなか小さくしないと、おかあさんにきらわれちゃうよ。
兎角夫婦茶碗を子が並べるようなおうち お父さんには小さい方 何渡そうかな。 空白があるのでこういう読み方も。
暁兵何の意図も無し、明日は反対かも、と読みます。
オジャラカカア殿下っす。ちと長いかなあ。
心太あはは こどものみた力関係かもしれません。 そこはかとないユーモアが
素人卵かけごはん 茶碗が輝いていたころ
郷愁で胸がキュッとなる。ご飯茶碗が主役だった時代、卵かけごはんはゼイタクでしたよね。今でも時々食べます。
若葉納豆に卵 炊き立てのご飯に卵かけ・・朝の食卓の定番で大きくなった世代です
ソーヨン卵かけご飯はうまい!胃に良くないけど、おかずなんてなくても、ご飯がとってもおいしいと感じていたあの頃。貧乏は悲しいけどいいことをたくさん教えてくれるように思うのは私だけですか?
卵かけごはん、試験の日の朝、祖母が作ってくれたっけ。ひとりで一個なんて、贅沢。貴重品だったんだね。
氷心今でもよく食う、でも碗は輝かないなぁ。うーん、好物だから碗ではなく、きっと目が輝いているだろうな。
TARA鉄腕28号のおちゃわん。
そのころ、蔵前に相撲があって、扇風機と不二家のペコちゃんはリボンをつけて首をふってた。ご飯ってほんとうれしいもんだった。
兎角物心付いてから小学3〜4年まで毎朝卵と納豆かけて御飯食ってました 今はしないもんなぁ 輝いてたかなぁ
暁兵マクドナルドが来る前、インスタントラーメンが出来る前の日本が懐かしいです。
オジャラ卵かけご飯は、不滅っす。バリでは、卵の鮮度に信頼がおけず、卵かけご飯は、命がけでした。ニワトリを飼おうと、何度も思いましたけどね。ウルサイので辞めました。日本は、いいっすね。
心太のりだけ ふりかけだけ 懐かしさが輝きをあたえるんでしょうね
昭雄分かるな‥‥卵かけごはんが美味しかった頃。茶碗も輝いていたのですね!!
TARAおちゃわんによそう おかあさんはおんなのゆび
子供さんの言葉ですか。聡い瞳が見えるよう。おとうさんもご飯をよそう家庭ですね。だから比べられる。
若葉私のいかつい手をつい見てしまいました 綺麗な細い華奢な女性であるお母さんの手なのですね
ソーヨン繊細なかなことばに柔らかさを感じつつ、なんか気持ちが落ち着くのです。ゆっくり眠りたいです。
素人ごくごくあたりまえです。とおもうのですが。
子どもの目からの視点。お母さんの指は魔法の指に思われるのでしょうね。
氷心子によそうのと夫たる男によそうのでは意識がちがうだろう。そこら辺を子は指の品のつけかたで敏感に感じとっているのでしょうね。愛の質の違いというものがわかりかけたお年頃…女のお子さんでしょうね。
昭雄男の子だったらドキッとしたのかな‥‥女の子だったら、少し大人の女性を意識したのかも知れないですね。
父は母を「おかあさん」と呼んでた。そんなときに母に女を感じていたのかもしれない。昔の男の人ってなにもいわないから・・・
兎角おとうさんもおんなのゆび 5mmも伸びて 爪切れっての>わし
暁兵今度来た新しいおかあさんのでしょう。
オジャラ女の指かぁ。お父さんの指は、チョクチョク見ていたんでしょうねえ。
心太男の子が見たのかな 女の子がみたのかな 捉え方ちがうだろうな
TARAひとつひとつ 雑煮椀
なにげなくやっていることに目をとめてくれたみたいで、うれしくなりました。材料をお玉で無造作に掬ったりしないで、丁寧にひとつひとつ並べていく様子がこの短い言葉から目に浮かびます。
素人具が過不足なく公平に分配されているかどうかをチェックしているのかと思いました。
氷心雑煮とか、特別な汁物のときは家もそうみたい。そういう時って食う方もなんか改まって背筋がシャンとなったりする。
若葉雑煮とはお正月でしょうね 新しい年を迎えての心構えが窺えるようです
元旦、家族でお雑煮を前にして、祖母が「どなた様もおめでとう存じます。本年もよろしくお願い申し上げます」と挨拶するのが慣わしでした。他の家族は一同頭を下げ、そぼからじゅんばんいおとそをいただきました。たいした家ではなかったけれど、祖母がいてくれてあの家が持っていたんだと亡くなってきがついています
年に一度の蓋付き椀、あけるとお正月がはいってる。人数分ならべて人数のいるしあわせ。
兎角太箸だ うちは私のだけ餅3個4個
暁兵ひとつひとつは餅、いや金粉かなあ。
TARAhttp://www1.megax.ne.jp/taramoyan/images/zouni.jpg   北九州式お雑煮写真です。 塩焼きのブリ、かつお菜 が特徴かな? ダシはかつお節・羅臼昆布・どんこ椎茸、鶏肉。
オジャラおおっ。そんなに入っているのか。ウチなんて、モチと長ネギだけだからなあ。運がよければ、昨日のヤキトリの残りが二個位入ってくる。たはは。
心太家族の椀を並べて、具をひとつひとつ入れていく 家族の1年はここからだね
久光良一茶碗投げたそのくらやみの割れる音
「そのくらやみの割れる音」というのが時間差をリアルに表していると思いました。「その」のかわりに空白でもよいかと。
素人お隣の夫婦喧嘩です。
夜さんに同感。「その」をとって空白にするとより臨場感が。茶碗ではなくて「くらやみの割れる音」が活きていますね。
氷心己の心のくらやみ≠ナすね。この場合その≠ェ効いています。
若葉茶碗投げるのはよしましょうね 危ないです(笑) 暗闇が割れる の表現利いています
なるほど。
TARA「ばっきゃあろう!!!」 ケガしなかった? あとで片付ける時、悲しいんだよね。 私の友達、マヨネーズを部屋中に飛ばしまくったそうな。 茶碗の方が楽だよ。
くらやみの割れる音・・・これは「その」があったほうが好きです。そのくらやみ、茶碗を投げるほどの心の闇が割れる音が聞こえたのです。鋭い音でふと我に返ったときの空虚さがすごい句だと思えました。
兎角晶さんと同感 投げた「茶碗」に自分が映りこんでいると思います 音だけを残している
暁兵茶碗投げといて「くらやみが割れる」なんて表現は詩人にしか出来ません。
オジャラうーむ。暗いところで投げると、命中率が下がるっする
心太くらやみに割れるんじゃなくてくらやみの割れるというところがこの句のポイントだが実際に割れるものをなげたんじゃ、この「の」がいきないだろうね
久光良一朝は二椀の粥をいただくことのしあわせ
二椀、おかわり。いつも生活の原点を見つめていらっしゃるのですね。
素人手術後の一椀に幸せを感じました。二椀もらえたらもっとしあわせだったろうと思っています。
氷心健康、境遇その他諸々のしあわせを朝の二椀≠ノは感じるものです。突き詰めれば生きていることのしあわせ≠ナしょうね。
若葉粥はおなか空きますから二膳。そして食べられる事への感謝の気持ちも現れています
「足るを知ることはありがたし」これも亡き祖母の言葉。
TARA朝たっぷり。 夜は美容のためにさっさと寝る。 美肌のしあわせ。 (陶器みたいな奥様をみるとそんな生活なのかなあ、と思う)
二椀の粥、米の甘さ、かゆのあたたかさ、二椀のゆたかさ。うまいと思える健康。天の恵み地の恵みですね。笠智衆でなくても、しみじみわかります。
兎角一椀の寂しさを思わせる句ですね。句をお借りして 夜は一椀の粥を頂くことの不幸せ。一椀と二椀にはお代わりの他にも大きな違いがあるような。
暁兵悟りの心境ですね。
オジャラ今までは、一椀だったが、元気になってきて、二椀食べられるようになったっていう句なんっすか?
心太二椀が過不足ない1日の象徴なんでしょうね
みち箸の櫂では漕げぬと子の目まっすぐに
一寸法師のお話。利発な子なのでしょうが、科学にも夢や想像力が大切なことが伝えられればいいけれど。
素人親はたじろいだのでしょうか。誇りに思ったのでしょうか。わが子は神童だと。この程度は言うと思いますが。
若葉忘れていた昔話・・子供ってこういう疑問持ちますよね そこは童話であることが大きくなるにつれて自然わかってくるものです
素直な心には勝てないですね。
TARA困ったなあ、そういうことじゃなくてさー。 お椀なんだからさあー、わかるだろ? 頼むよーー。
じゃぁ何で行こうか。おしゃもじかなぁ・・・うちの子もこんなことばっかりいってた。「サンタクロース見た人はいないんだって」「じゃぁどうして赤い服ってわかるんだよう」兄弟は真剣に語り合った・・・むむ。
兎角人生の深い海には魔物が住むと言う
暁兵そのまんま大人になって欲しい。
オジャラゼッタイに、漕げます。うん。
氷心「そうよねぇ、箸の元の方を削って平たくしたかもね」などと一緒に考えてあげましょう。負けられませんもんね(笑)。
心太そうまっすぐ、そのうちになぜそんな「お話」をどんな大人がつくったか そこまでみてくれるといいね
みち滑った椀のためらわず割れた
「ためらわず」 あっ!と驚き、一瞬の期待、でも予想通りの結末、スローモーションを見るような印象。
素人誤る気は全く無いのですね。
暁兵「ためらわず割れた」に一票。
若葉洗剤のついた茶碗滑ります 床に落とせばまず間違いなく割れる・・でも<ためらわず>の表現巧みです
潔さまで感じますね。
TARAお椀、割れたところって見たことない。 そんなにみごとに「パコッ」ていくの? 神秘的だろうな。
ためらわず割れた ・・・期に及んで躊躇無し。
兎角ためらわず と捉えたところに時間の経過を感じます。この瞬間は片付けに入るところのような。
暁兵TARAさんのコメントで気がつきました。この椀は碗と読んでいました。
オジャラプラスチックのは、割れないっす。日本から持参した椀は、オットに投げられても、壊れなかったもんなあ。
氷心スローモーション、夜さんと一緒。きっといろいろな思いがよぎったことでしょうね。
心太さっぱりわれたほうが未練はないね
兎角夢うつろ小碗の茶漬けほととぎす
起きたてのぼんやりした状態、それともまだ蒲団の中かしら。夢うつつで、もう起きて朝ごはん食べているところを想像しながら寝ていることがあるのですが、そんな感じですか?いい雰囲気ですね。
素人徹夜で不如帰の初鳴きを待ったのですね。
ほととぎすの鳴き声、一度は、聞いてみたいのですが。
若葉先日山に登った折聞きました 澄み切った声・・・寝起きとほととぎすの鳴き声がリアルです
幸せそうな目覚めです。
お茶漬けってなんかつい夢中になって食べてるもんですが、落ち着いて食べるとまずいしね。ホトトギスの声にはっとしましたか。ホトトギスの鳴き声はきいたことがない、ホーホケキョはうぐいすか・・あれはよく聞くけどなぁ。
暁兵定型俳句にしては三段切れっぽいでしょうか。
TARAホトトギス という花かも。 ひとり昔を思い出しているの? 質素な食事。 老婆の美しい追憶。 
オジャラホトトギスは、この句にいるんっすかね?
氷心眠さを堪えての食事。TVから聞こえてきたかも。うーん、しかし小碗てのに上品さが…
心太ねぼけまなこでホトトギスをきいたのか 椀も はっきりしなくなっちゃたね
魚扁が挑んでくる 鮨屋の湯飲み
あれはなかなか全部読めません。教わってもじきに忘れてしまって。「挑んでくる」は面白いです。
「漢字にはちょっと自信あるのよ」「読んでごらん」たしかにいどまれますねぇ。ひとしきり食べたらあたしもじっと見ていることが多いです。
素人挑まれてたいてい負けています。
暁兵「挑んでくる」に一票。
若葉日常の何気ない出来事を詠む・・素晴らしいと思いました 
話の弾まない人と寿司屋に行くといつもこれに助けられました。
兎角受ける気が無いと挑まれてる気もしないという 漢字テスト学年最下位の私
TARAデザイン・模様なんだから、読まない方がいいよ。 お経が書いてあるお茶碗ってのもあるよね。
オジャラ確かに、茶碗の文字を考える思考に入り込んでいたりしますよね。
氷心これで漢字に興味を持った時期もあった≠クいぶん前の話だし、鮨屋にも行かんし、過去形ですね。
心太全部よめたらお題はいらない なんて事壁にかいてはないね
ままごとの椀に えごの花てんこ盛り
蛍さんの郷愁の句、好きです。季節の草花がままごとのおかずですね。
いいですね。ままごとはいつも季節のお料理ですね。たんぽぽ、おしろいばな、ご飯にはえごがいいなほんと。
素人銀シャリですね。うまごやしでやると麦ご飯です。
若葉幼き頃 つい思い出したり
息子としていたときを思い出しました。息子はいつもあしらいにポトスを添えていました。
兎角これは仮面夫婦なんてのも よくくっついてるなと思うようなのもあるもんなぁ財産なんだか地位なんだか
暁兵こういう経験皆無で、トホホ。
TARA近所に「えごのき」があったのですね。「ちしゃのき」とも言いますね。 具体的な花の名は、リアリティーを感じさせていいなあ、と思う。
椀の課題の時期に、ちょうど近くの「えごのき=ちしゃのき」の花が満開にであって、幼い頃を思い出してしまいました。素人さんの「うまごやしの麦ご飯」もおいしそうですね。
オジャラえごの花って、イマイチ想像できないんですけど、映像は浮かびます。
氷心えごの花を知らなかった…
心太なるほど 花の形状によっててんこもりが可能なんだね
氷心まず椀のぬくもりを味わう
汁物のぬくみよりも椀の丸みや感触のぬくみ。
漆器を暖めておくのは実は漆器にはとても悪いこと。それを知ってても料理屋は椀を温め、3年ごとに塗り替えるのだそうです。
素人そして家族のぬくもりを知る。
懐石料理はまずお椀のぬくもりから、ゆるゆると。
暁兵いいですねー。食べ方&生き方の達人かと思います。
若葉ぬくもりを味わう・・・ほっとします
ゆっくりとしたそういう時間もほしいものです。茶碗より木の椀のほうがぬくもりを伝えるには丁度良い。
兎角まず椀をぬくめております てのが先に浮かびました(苦笑)
TARAいろいろな料理はさめていても、お椀だけはぬくめて出してくれるよね。 ごちそうなんかいらない。 ぬくもりが欲しいのさ。 
オジャラ茶人のようだなあ。おお、ツマのぬくもりかあ。幸せモノめ・・・。
氷心まず≠ナ、切れるだろうか?
兎角まず椀の ぬくもりを味わう が好きだなぁ
心太まず椀のできれてるから ぬくもり「を」味わう  をがいらないかもな
氷心おかわりの椀がありがたい朝である
久光さんの句に対し、こちらは健康な食欲のありがたみと読みました。
おかわりいかが、他人の家で泊まった朝。ひさしぶりのゆっくりとした朝ごはん。
素人おかわりをしたら味噌汁の具が変わっていた。心遣いと取るべきかおかわりをしたことを咎めるべきか。
若葉素晴らしく健康であることへの感謝でしょうね
熱が下がった子供が「おかわり!」と言ったとき同じ事を想いました。句意は違うと想いますが。
兎角恋かなぁ おかわりを言ってありますよと言ってくれる おかわり分を作ってくれていた女房の心のゆとりへの喜び
暁兵料理した人間にとって「おかわり」は喜びです。凛さんの解釈も素晴らしいです。
TARA普通、お椀のあかわりは、用意してないの。 でも食べる人のリズムを考慮しておかわりを用意してくれたんだと思う。 嬉しいよね。
オジャラ椀のおかわりかあ。飯よりも、具沢山汁って感じっすね。
心太この椀は汁と限定しなくてもいいだろう 飯かもしれない 汁好きな家庭で汁は2杯ときめてるかもしれないしね。 ありがたいね
兎角白樺の影は軽い ティータイムの唇
影が揺れている午後、唇がカップに触れて離れる、キスの錯覚。
緑陰の風。カップはウエッジウッドかなぁ。
素人↑白樺に合いそうですね。 口紅をカップに残してはいけません。
若葉軽井沢の白樺 木洩れ陽が揺れる下でのティータイム お話が弾んでいると・・
暁兵鏡持って化粧直してる。多分一人。
TARAさわやかに通りすぎるようなお付き合い? それとも濃厚なのに飽いて気分転換してるのかな?
オジャラ軽井沢?テレビで出てくるようなペンションのテラスで・・・・。
氷心chat
心太カップとかコップとか御題にするだろうからそこでだしてもらおうか
亜子少し欠けた椀です。こぼれない愛ください。
私もほしいです。。
せつないね。みゆきの「捨てるほどの愛でいいから」を思い出してしまった。
固体の愛ですね、ハイ。
素人満々と湛えられた愛だったはずです。こぼしてしまったのですね。
傷つきやすい自分をさらして、包容力のある愛を求めているんですね。いじらしさがせつない。Giving is blessing.
若葉欠け椀はすぐに捨てるべし・・綺麗な椀にしましょう 隙間がなくこぼれません
兎角こぼれる愛が散見される昨今 句点の示す客観性が救いだと思います
暁兵欠点をも愛するのが本当の愛です、と言ってるのかなあ。
TARAちろちろこぼれるのはみっともない。 しまりがなくちゃ。  でも、そんな恥ずかしさを素直に言える女性が、男の人はかわいいと思うのかな?
オジャラ自動的に、八分目になって、丁度いいっすね。ありすぎても、足りなくても、うまくゆかないことが多いっす。
氷心私をよく見て。そして愛して。
心太かけてなくても こぼれはするね あー こぼれないを抜かしたほうがいいかな 少し欠けた椀です。愛をください
飯茶碗 しあわせなんて瞬間芸
瞬間芸か。しあわせの演出。痛烈ですね。
素人まあ考えようだと思いますがね。
それでも、炊きたてのご飯をいただく時は、人生の幸せを感じます。
暁兵「しあわせなんて瞬間芸」に同感。
若葉幸せは思い様です 不幸せだと思えばふしあわせ 幸せは己が感じるままです・・よね
「結構者は結構知らず」亡き祖母に言われた言葉が浮かびます。
兎角不機嫌なピアス 三杯飯 夜さんの句 対になりそうですね
TARAおお、なんてこと。 仮面の告白。 死んだら墓は別にしてね、なんて。
オジャラ食べてる時には、確かに幸せを感じるなあ。
氷心盛り加減と食いっぷり。
心太飯茶碗 うーん 椀に盛る ぐらいでいいんじゃないあか 
瞬間にきえるからしあわせ、続いたらもっとっていうでしょう
可不可はい お椀さえあればいかほどにも
たしかに。料理の器以外にもいろいろに。茶碗より軽いし。
仕出屋さんかなぁ。むかし客があると家の食器に盛っていった。こんなこといってたような。
素人辻褄を合わせられるのですね。良寛さんはお鉢でした。
若葉椀には何でも入る・・皿はそうはいかない・・汁物はこぼれるし・・
口語調がきいていますね。
兎角お椀が無けりゃ受けられない とんちくんお椀いただいてついでに中身も頂いて帰るの図
暁兵「オカラ」どんな単位で売ってくれるんですか?
TARA昔、親族旅行に行ったとき、宴会でおじさんが、お椀をおっぱいにしてフラダンスをしたのを思い出しました。
オジャラ椀というのは、バリには無くて、日本から持参しました。陶器のどんぶり風や、スープ皿は売っているんですけどね、重すぎたり、汁が冷めてしまったりするんです。椀は、日本から持参するに限ります。
氷心人柄を試していたりして。やはり中庸が一番ですな。難しいけど(笑)
心太いかほどにもとなげだしたところがおもしろい
若葉汁椀も使い込まれて歴史見る
いつのまにか剥げて欠けて色が変わって、でも愛着が増すばかりです。
夫婦の歴史でしょうか、汁椀は割れないから、うちも長くつかってます。(なんでも割れる家なんです)
素人汁椀がじーっと見て記憶しているのです。あだやおろそかにはできないのです。
若葉塗装が剥げて・・でも木製で高かったしなぁ・・といいつつ十何年・・じっと聞いてきましたお椀です
結婚式の引き出物が夫婦椀でした。片方割れて、私だけ使っています。毎日思い出します。
兎角底が段々とまだらになってきますね 模様でこれは私のなんて区別したり
TARA木や漆がなじむ感じがいいのかな。  
オジャラ汁椀っすよね。知らないうちに、かなり色褪せていました。壊れないから、なかなか、新しいのを買えないんですよね。
氷心兎角さんに一票。
心太歴史見るをなにか置き換えたほうがいいね
細い指が似合う塗り椀 走り梅雨
椀のなかの景色も美しいおすいもの。黒の塗りには白い指がよくにあう。
素人季語走り梅雨が効いています。白魚のおすいものでしたか。
塗り椀にはやはり細い指が似合いますね。椀をあらうのもぬるま湯で、拭くのもそっとしなやかな指で、そぼふる雨のように。
白。黒。紅。。色彩が鮮やかに浮かびます。
兎角指でなく、指が似合う椀の方へ焦点が。あまりに良い椀も難しい。
暁兵こりゃ和服ですね。
TARAにくいな、にくいな。 季節のおしゃれって、こういう感じ。  
オジャラきっと、オシャレな椀なんっすね。そういえば、指だけキレイな人っていますよね。
氷心走り梅雨っつうのが、なーんか色っぽいですよね。
心太走り梅雨がきいたね 指と椀で情事の予感まで
捨てられぬ茶碗に注ぐ 17回忌
本当に。そう思います。何年たっても。。。
湯のみや茶碗お箸、自分のものがあるところが自分の家、いつまでたってもこの家にいっしょにいるきもち。
素人それが歴史というものなんですねえ。
17回忌、まだ捨てられぬ亡き人の愛用していた湯飲み茶碗、思いが伝わってきます。
兎角お供えなら毎日そのまま、捨てられぬて感じもない。自分で使っている碗ですね。野郎なら酒だなぁ。
暁兵亡き人の茶碗にお酒注いで墓前に供える。なにごとも続けば続くほど変えられないものです。
TARA父の仏壇。 私の中学の修学旅行のみやげの湯のみ。 
オジャラそういうことあるよなあ。
氷心墓前でしょうねぇ。私の親父の墓には直接ウィスキーを注ぐ…サントリー・オールド。
心太湯のみ茶碗なのかな やっぱり酒かな
可不可お椀船はくるくるくるくる もうすぐ滝だ
これも一寸法師?リズミがよくて小さな子供に読んであげたい。
滝つぼにはサンショウウオがまっている。
素人ファイト一発とかいって切り抜けるんでしょ。宣伝では。
どうなるのでしょうか?人生とはこのようなものでしょう。
兎角これは自分がどこに居るのかで全然違いますね。木の葉舟なんかでは瀬を通るところが楽しみだったりする。
暁兵躍動感のある句ですね。
TARA自由律なのが楽しい。
ナイヤガラの滝壺をいく小舟、何かの映画で見たシーンが重なりました。
オジャラおおっ。砂場か、海で、川とか滝を作ったんっすね。砂遊びって、楽しかったっす。
氷心これは見ているんですね。くるくる来る来る、もうすぐ滝なのに…
心太そうか 新しい一寸法師をかきたんですよね
窓若葉 茶碗の船で出て行く子
茶碗→お椀 まちがえました。訂正して読んでくださるとうれしいです。
危なげな門出、親はいつも行く末を案じるものですね。これを読んだら、可不可さんの句もなんだかそう読めてしまいました。
素人図体は大きくともいつの時代も親の目から見れば一寸法師のようなものなんですね。
一人暮らしに憧れる年頃、自立心がたくましいではないですか。窓若葉も応援してくれています。
何歳になっても子供は心配。
兎角まぁ泥舟じゃなきゃいいじゃないですか(笑) みんなお碗の船乗ってやってきたんだし(笑)
暁兵絶対に引き止めてはいけません。
TARA一寸法師がいくつか出ましたね。 あのお話は、普遍の名作なのですね。
オジャラこれはいいっすね。茶碗の方がいいんじゃないっすかね?より危ない感じがするもんなあ。ああ、浮かばないか・・・・。
氷心直に大船に大漁旗で帰ってきます。
心太これも あたらしい一寸法師のものがたりを 見送る母親の心情か
心太椀を重ねる 地球を隠す
椀は食べることの象徴?地球の飢餓が見えないと。空白の間に距離がありすぎて。。。他の方のコメント待ちです(笑)
一椀の宇宙とは茶道でいうのですが、これは神の手のような。
素人盃を重ねるの誤植ではないでしょうか。いや、それだと見えすぎるから椀で良いんだ。題も椀だしな。
むずかしいなぞ、日食かと思ってしまいました。(笑)
椀を重ねるとは食を重ねるという事でしょうか?エコロジーの事のように想います。
兎角碗を重ねると底にあるものは見えなくなってしまう 残り物ばかりの地球
暁兵ランチョンマットに地球の絵が描かれている。椀はひとつで地球に重ねた。どうだ?
TARAわからない。降参。
オジャラ椀を上下でくっつけると、確かに、内側に地球が隠れる感じがしますよね。半円形の、まあるい椀っすね。内側に、世界地図が書いてあったりして。
氷心椀子蕎麦…目の前には椀が山のように重ねられてなーんも見えぬ。
心太まあーお椀2つで球をつくってということだが できそこないの句だね
心太はげた椀すてないでいる
共感。
素人捨てるときは椀の材質で分別収集にご協力下さい。
ものを大切に」と祖母からいつも言われていました。
愛着があるのでしょうね。旧友も夫婦も何もかも同じように想います。
兎角椀は何故か捨てるんだよなぁ実際 ボロくてもちゃんと流れていくからかな 開かぬ箱は沈んでしまうから捨てられないのかな
暁兵時雨系統に繋がってます。
TARAオジャラさんの句の味わいに似ている句。 お椀供養って儀式があるといいね。
オジャラ捨てないっすよね。
氷心はげてなかったら捨てられたでしょうね。私もねぇはげかけてるから大丈夫かな、酷使されてますもん。メッキ?んなもなぁとうにはげちまってらい!
素人↑昼休み、これで楽しんでしまった。あはは。悲笑っていうやつですね。

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