その4
(原文)
ささほが嶽・千丈が峰・袴腰といふ山あり。
黒津の里はいと黒う茂りて、
「網代守るにぞ」と詠みけん『万葉集』の姿なりけり。
なほ眺望くまなからむと、うしろの峰に這ひ登り、
松の棚作り、藁の円座を敷きて、猿の腰掛けと名付く。
かの海棠に巣を営び、主簿峰に庵を結べる王翁・徐栓が徒にはあらず。
ただ睡癖山民と成って、孱顔に足を投げ出し、空山に虱をひねって坐す。
たまたま心まめなる時は、谷の清水を汲みてみづから炊ぐ
とくとくの雫を侘びて、一炉の備へいとかろし。
はた、昔住みけん人の、ことに心高く住みなしはべりて、
たくみ置ける物ずきもなし。
持仏一間を隔てて、夜の物納むべき所など、いささかしつらへり。
(口語訳)
庵の南西を囲う山々は、ささがほ嶽、千丈が峰、袴越、と並ぶ。
眼下には川岸に黒津の里がこんもりと黒く木々を茂らせて
「魚取る網代の番をしているのか」と万葉集に詠まれたままの景色である。
さらに回りの景色を、さえぎるものなく見ようと思い立ち、うしろの峰に這い登 る
かの文選にうたわれる詩をまねて、ころあいの松の枝に棚を作り、藁の丸い敷物
をおいた、
猿の腰掛と名づける。
宋の詩人に詠まれた、海棠の枝に住処を作った王翁、主簿峰に庵を持った徐栓の
ように
詩を読み、世を憂う訳ではない。
ただ、うつらうつらと、怠惰にねむる山住の人となって
険しい岩壁向かって足を投げ出し、
心の中を空にして、なにもしないで座っている。
たまたま気が向けば、谷の清水を汲んで、自分で飯を炊く
西行の庵の傍にあった苔清水、そのとくとくの泉の暮らしをしのんで
炉の用意は本当に簡素である。
昔、この庵に住んでいた人の、高雅な心映えであろう、
わざとらしく凝ったものは何一つおかれていない。
持仏を安置する部屋のほかに、夜具などしまうところが簡単に作りつけられてい
るのみ。
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