その6
(原文)
かく言へばとて、
ひたぶるに閑寂を好み、山野に跡を隠さむとにはあらず。
やや病身、人に倦んで、世をいとひし人に似たり。
つらつら年月の移り来し拙き身の科を思ふに、
ある時は仕官懸命の地をうらやみ、一たびは佛籬祖室*の扉に入らむとせしも、
たどりなき風雲に身をせめ、花鳥に情を労じて、しばらく生涯のはかりごととさ
へなれば、
つひに無能無才にしてこの一筋につながる。
「楽天は五臓の神を破り、老杜は痩せたり*。愚賢文質の等しからざるも
いづれか幻の住みかならずや」と、思ひ捨てて臥しぬ。
先づ頼む椎の木も有り夏木立
(まずたのむ しいのきもあり なつこだち)
(口語訳)
このように述べてきたとはいえ
私はただひたすらに、静けさや孤独を好み、山野に隠れてしまおうとしている
隠者というわけではない。
どちらかと言うと、少し病弱で、人間関係に疲れ、世間をうとましく思うように
なった人に似ている。
今までの歳月、私のつたない人生がたどってきた道を思ってみると、
あるときは、武士として仕官し、守るべき地位や場所をもつことをうらやみもし 、
またあるときは、僧として禅の仏門に入ろうとしたこともある
しかしこの俳諧の道に出会い、終わりなく移ろっていく風や雲を追いかけること
に身をついやし
花や鳥の語っている美しさやあわれに心を寄せるうちに、
気がつけばこの道が、私の一生の目標にさえなってしまった、
そして今、ほかに能もなく不器用なままに、この道ひとつだけが私の道として残
されたものだ。
「唐の白楽天は詩作は内臓の全てを破るといい、杜甫は詩作に痩せた。
其の知恵も、文のできも違ってはいるが、同じく詩作に身を責めている私に、安
住の地なぞない。
どこにいてもこの道の上にある幻の住みかではないか」
そう思うと、もう考えずに眠ることにする。
先づ頼む椎の木も有り夏木立
(まずたのむ しいのきもあり なつこだち)
私の生きていくところすべて、はてのない旅であり
詩の道にある幻の住みかなのだから
今は、雨露をしのぐ大きなしいの木もある、この夏木立のなかに
すこし、休んでいこう
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