元禄2年6月27日(陽暦8月12日)
芭蕉は一人馬に揺られる。
馬子に聞けば鼠の関までおよそ2里という。
温海の鈴木所左衛門宅を発たんとするに、
「翁、馬で行かれよ、我は湯元を見物してあと追わん」
と曾良唐突に。すでに馬の手配も。あやつまた算段、工夫を。
この旅、手形の手配、宿の手配、俳諧の興行、路銀の工面、あ
やつに全てまかしている。
さぞや神を労したであろうが、湯を浴びたところで。
怪訝ではあるが曾良のやること。
夏の街道を馬で行くのは、あれは江戸の大火で甲斐に身を寄せ
た時であったか
夏馬の遅行我を絵に見る心かな
なんと無骨な。
夏馬ぽくぽく我を絵に見るこゝろかな
こゝろが出張っている。
馬ぽくぽく我を絵にみん夏野哉
我が出張っている
馬ぽくぽく我をゑに見る夏野哉
ようやく我を俳諧の中に。
いつしか芭蕉、うつらうつら。
御坊、鼠の関だで、目覚めれば馬子も馬も掻き消え侘しき木立。
ただ石柱に鼠の関跡とある。
ここが奥羽三関の一つ、鼠の関跡か。
かって九郎殿、介殿旗揚げに馳せんと白川の関を出で、
西海に平氏を滅ぼし、その武勲顕なれど
介殿の勘気に触れ、吉野に逃れ、越路を下り漸う漸う鼠の関。
ここからは奥羽、介殿の威の及ばぬところと九郎殿、安堵めさ
れたが。
当時を偲ぶものの何かあらんと、芭蕉あたりを見回すが何もな
い。
鼠の関とは鼠の関。
鼠とは中古、奥羽の地を鼠と暗に喩えたとか。
さすれば藤原三代の栄華、金の鼠。
これはどこぞやで知ったものかと芭蕉記憶をたどる。
「御坊」と背より声。
振り返れば筒袖の童。身形貧しけれど涼しげな童
「これこうてくだされ」と手を開く。
見れば作りものの猫。
掌に載せればずっしと重く、冷ややか。
鈍くくすんではいるが、どうやら銀らしい。
「銀の猫か」
童嬉しそうに頷く。
「あいにく鳥目持ち合わせぬ、それに猫に鼠を取らせる家も持
たぬのでな」
「御坊にもおわかりにならぬか」と童悲しげに。
芭蕉中断せし記憶を。
さすれば藤原三代の栄華、金の鼠。
あれは西法師が介殿にお目通り願った時であったか
既に九郎殿追討の勅も出ておった。
されど介殿、九郎殿のこと西法師に一言もお尋ねなく
法師に記念(かたみ)の品をと銀の猫をくだされし。
西法師、介殿の館をしりぞくや汗ぬぐう。
介殿、九郎殿と西法師が通じていることを承知。
西法師が鎌倉から平泉に向かうであろうことも承知。
この銀の猫は介殿、金の鼠は秀衡殿。
秀衡殿が九郎殿を匿うことがあれば、食い殺しに参ると。
「この銀の猫を秀衡殿に見せよというのか」
西法師、怒りて辻の童にくれやったそうな
銀の猫! 「まて童 まて」
童の姿は見えぬ。芭蕉の声が虚しく木立に吸い込まれる。
注
1 九郎殿=義経
2 介殿=頼朝
3 西法師=西行
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