梅雨があけた。僕は秋葉原へ行きたくなる。
もう10年も。で何か買ったことがあったか、何も。
パソコンを買ったのは春だったし、オーディオは冬だった。
歩きまわって、あとは居酒屋で生ビールとカラアゲ。
なんとなくそれが決まりに。あー もう一つ決まりが。総武線のホームに「ミルクスタンド」いまどき珍しくビンに入った牛乳が
置いてある。
これもいまどき珍しいフルーツ牛乳なんてものを飲むのも決まりだった。
その日も新宿から廻って、電気街へ行く前に。(電気街へは
山手線のホームにおりて、さらにおりなきゃいけない。)
ホームに木のベンチが2つある。片方のベンチ男が3人。
もう片方は空いている。当然空いているベンチでフルーツ牛乳。
彼らは何をしてたんだろ。
タバコを吸ってたような。ホームは禁煙だったはずだ。
缶ビールを飲んでたような。ホームではビールは売っていなかったはずだ。
彼らのひそひそ声が急に大声に。
「若けーしな」
「日本の女なんてすれからしばっかりだな」
「半年はタダマンだなー」
「戸籍はちょっと汚れるけどな」
話しているのは、真中のハンチングの男だけ。
両脇の男はぼんやり聞いている。何度も聞かされているのだろう。
電気街はそこそこ人が出ていた。
銀色のミニスカートをはいた女の子たちが、携帯の説明を
テープレコーダーのように繰り返している。
ハードディスクもメモリーも春先より20%下がっている。
ノートPCが売り場占拠してデスクトップが隅に追いやられている。
ソフマップの店舗数がまた増えている。
ジャンク屋で得体のしれない基盤を眺めて、NextのCubeを腰掛にするのも
いいなと思った。
LiNUXディストリビューションにまた新しいのがでている、何度やっても
うまくいかないあのマシーンもひょとしたらと。
中央通りを万世橋のところから左へ、昭和通りに抜ける通りを。
ガードをくぐるところでハンチングが。
見つけたというような顔で「ようー」と。
「あー」と思わず。
「蒸し暑いな どうだいビールでも」とハンチング。
ちょうどガード下には居酒屋が。
「まー何か縁なんだろうな」とハンチングはジョッキを上げる。
僕は黙ってジョッキを合わす。
「にーさんは一人もんかい」
「そうですが」
「バツイチとか」
「いいえ」
「どうだい 女世話してやろうか」
「偽装結婚ですか」
男は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに元の無表情に。
「さっきの話でそこまでわかったかい・・・・・・・・・人助けだよ。
世界にゃ働きたくても働けねー人間がたくさんいてな」
僕は枝豆をほうばる。
「日本て国は、しちめんどくせー法律が多くてな」
「観光ピザじゃ働けないですね」
「にーさん詳しいな、その筋の人じゃねーだろうな」
「まさか そんな人間に見えてたら、ホームで聞こえよがしにあなたは
言いはしなかったでしょう」
「ちげねー」
「いいですよ 僕でお役に立つなら」
「お役に立つならー、いいなー」
・・・・・・・・・・
「にーさん棄ててかかってるかい・・世の中」
「おかしいですか」
「おかしかねー 詩人だ」
「えー詩人?」
「亀之介みてーだ」
who is 亀之介。
街にジングルベル流れる。ハンチングから連絡はない。
いそがしさに忘れかけていた。仙台へ出張。
金曜日に仕事を終えて、土曜日閑を作る。
青葉城址へ行き。さて次はどこへ。
仙台文学館というのがあるらしい。駅までもどって地下鉄に。
仙台に地下鉄があるということも知らなかった。
台が原駅から森林公園の遊歩道をたどって文学館。
入ったとたんに目に入ったポスター。
尾形亀之介展。
ポスターにはコールテンのズボンをはき、両手をズボンに突っ込んで
ぼうっと突っ立ている男の写真が。左端に縦書きで
| あるひは(つまづく石でもあれば私はそこでころびたい) |
このボーっとした男どこか見覚えが。
ハンチングをかぶせると、あーハンチングだ。
ハンチングが亀之助に似てると言われてたのか。
ハンチングが亀之介みたいだと僕にいったのは
「つまづく石でもあれば私はそこでころびたい」これか。
留守電に亀之介からの伝言。仙台へいってからハンチングを亀之介と呼ぶことに。
「にーさん、ご無沙汰してる。 女に会わせるよ。
どうだい あすこで イブってのもなんだから23日てのは、午後4時」
黒のジャッケトにコールテンのズボンにハンチング。
亀之助がやってきた。
その後ろに小柄な女が隠れるようにして。
「おー なんだいにーさん。もう示し合わせたかい」と亀之助が笑う。
女は黒のフリーズの上下。僕も同じ。
「あんまり寒みーい寒みーい言うから買わしたんだが」
「ユニクロはどこにでもありますからね」
「マリアってんだ いい子だろう」
「そうですね いい子ですね」
あどけなさと女らしが融け合ってているような、
ルビー・モレノ、「月はどっちに出ている」のルビー・モレノに似ている。
「マリアみたときな こりゃー にーさんだとな」
・・・・・・・・・
「にーさん町田だったな ちょっと遠いな」
遠いってなにが、もうルビ−の働く所はは決まっているというのか
僕は彼女をルビーと呼ぶことに決めていた。
「にーさん 引越しってもらえねーかな」
「いいですよ 都内なら」
・・・・・・・・・
「ちょっと必要な書類があるんで、年あけにでも送ってくれ」
「こまけーことはこっちでやるから」
「おまかせします」
「えれー信用されたもんだな おまかせしますなんて初めてだ。
やっぱーにーさんは詩人だな」
「つまづく石でもあれば私はそこでころびたい ですか」
僕はあのポスターの文句を。
・・・・・・・・・・・
亀之介は早口にルビーに。ルビーはときどき頷く。
「マリアもにーさんのこと気に入ってるみてーだ」
「嬉しいですね」
ルビーがはにかむように微笑んでいた。
年があけて、戸籍謄本と、住民票と自動車免許のコピー。
あと身長、体重、血液型もメモして。亀之介に送った。
駅に出たついでに神保町へ。4,5軒歩いて仙台の文学館で見た
尾形亀之助全集を見つけて買った。
3月31日 青年が6人 2トントラックとワゴンでやってきて
あっというまに荷造り。僕もワゴンに同上して小石川に。
いりくんだ路地のつきあたりに2階建てのアパート。
外階段をあがってすぐの部屋。6畳2間と台所。
翌朝目を覚ましたら、やわらかく温かいものが毛布の中に。
子猫のようにルビーが寝ていた。
ルビーを起こさぬようにして会社に。
ルビーは深夜、時に明け方近く帰ってきた。
時々早く、といっても1時は過ぎていただろうか、帰ってくることが。
ルビーは僕の耳を噛んで起こす。コンビニで買ってきたおにぎりがテーブルに。
おにぎりをむりやり食べさせルビー僕の体をなめまわす。
舌の動きがとまったときルビーの寝息が。
秋風の吹き始めた日曜日、出かけて帰ったらルビーがいた。
窓の西日の逆光のなかに。
家と家とのわずかな隙間から小石川の町が覗いている。
なぜ亀之介が僕を小石川に、ルビーの仕事、亀之介の仕事のことが大きい
だろうが、亀之介のこんな詩を亀之介が思いだしたからだろう。
| 小石川の風景詩 空
電柱と尖つた屋根と灰色の家
路
新らしいむぎわら帽子と石の上に座る乞食
たそがれどきの赤い火事
|
ルビーの指がからんで、僕を机に。
尾形亀之助全集の表紙。旧漢字の亀を指さす。
「オモシロイ タクサン」
旧漢字の亀はごちゃごちゃしておどろおどろしい。
こんな字にルビーは興味を示すのか。
秋風が冷たくなった。電話が
「にーさん元気かい」
「どうだい そろそろほかの女をまわそーか」
「まってくださいなルー」
ルビーといいかけてあわてて
「あの子でいいですよ」
「にーさんお気にいりみてーだな
・・・・ちょっと事情もあってな」
「にーさんにはいい子まわすわー 考えててくれ」
亀之助の電話はいつも一方的に切れる。
木枯らしが吹いた。ルビーが耳を噛む。
またおにぎりか。
「アシタヤスミ ドコカツレテッテ」
「あー」とうとうと。
雪晴れの朝になるとの天気予報。
新宿からロマンスカーに乗って、小田原でレンタカーを借りる。
仙石原は一面の雪の原。
「キレイ ユキ ハジメテ」
ルビーははしゃぐ。
「オナジ ホラ」
そうだ僕たちはユニクロのフリーズの上下。初めてあったときと同じだった。
雪の芦の湖をながめ旧道へ、コヒーでもと畑宿の茶店。
畑宿は寄木細工の村。寄木細工のからくり箱、僕がどうやってもあかない箱を
ルビーはこともなげに開けていく。こうも簡単にあいてしまったら、物足りなかろう。
そうだあすこがある。まだまにあうか小田原へおりて久野へ。
15:30 工芸試験所に。展示ルームにからくり箱のコレクション。
ここでもルビーは簡単にあけていく。最後に一辺が50cmほどの立方体。
見た目は何の手がかりもない箱。初めてルビーが難しそうな顔をみせた。
5分ほどたったか。ルビーが微笑み箱が開いた。その箱を笑い声とともに
僕の頭にかぶせた。
その夜僕らは結ばれた。僕はルビーの中で何度も果てて眠りに落ちた。
朝ベッドには僕一人だった。ルビーはいなかった。
年があけた。ルビーは帰ってこなかった。
亀之助に電話を何度も。話中から、使われておりませんに変わった。
春一番が吹いた。宅急便が届いた。差出人の住所はここ。
差出人の名前は尾形亀之助 亀は旧漢字。とっさにルビーからだと。
ダンボールを開けてみると、一辺が50cmほどの立方体の箱。工芸試験所でみたような。
あの箱は木目が美しかったが、この箱は真っ赤に塗られていた。ルビーが作ったのか。
表面は滑らかで手がかりもない。ルビーが5分もかかったのだ。
それでも1時間もかかれば開くだろうと。だが手がかりもつかめない。
いっそハンマーで叩き壊そうか。中に入ってるものが壊れてしまう。
なめらかに見えていた面は一枚板でなく幾つかのバーに分かれていて
スライドする。そのスライドの範囲がフルとハーフがある。
この組み合わせがキーとなってどこかの面がルビーがあけたようにガバっと開くんだろう。
2時も過ぎてうつらうつら、朦朧としながらあのときのルビーの仕草をまねてみる。
箱があいた。
中からかたまりが転げ落ちた。透明なビニールの袋に。
亀之助の首が。
ハンチングは被っていなかった。
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