1 初めに


 1 俳諧(広義)
 2 連歌・連句 
 3 俳諧(狭義)
 4 我家・座 
 5 連句・半歌仙 


1 俳諧(広義)
我家の「俳諧」に遊べ、心太「俳諧」通信。
では俳諧とは?
このサイト(sasa.org)のオープニングで、もうみなさん御存知のはず。

 俳諧て聞きなれない言葉かもしれませんね。
いつもとちょっと違って見る行為だと申しあげておきます。
そんな行為で作られた短詩が、俳句であり、連句であり、短歌にもなります。

これに一つ付け加えるとすれば。
いつもとちょっと違って見る行為、それを重んじる人生のあり方、
それも俳諧だということです。

2 連歌(連句)
短い句を複数の人間が(複数の人間として)連ねるものを
連歌といいます。たった二句だけもあれば百韻(百句を連ねる)
という長いものあります。連歌と連句は規模の違いとひとまず
定義しておきます。
長句(5・7・5)と短句(7・7)を連ねる形で
連歌は百韻(百句)を1セットとし、
連句は36句を1セットとします。
実は連歌のサブセットとして36句の連歌がありました。
36歌仙をもじって歌仙という呼び方をしました。
蕉門(芭蕉グループ)はこれを「俳諧」と呼び、
明治になって虚子は、これを連句と呼びました。

3 俳諧(狭義)
蕉門(芭蕉グループ)はこれを「俳諧」と呼び、
と書きましたが、これは蕉門の命名ではありません。
連歌の師匠たちの間(あい)狂言の性格が俳諧であったからでしょう。
連歌百韻の興行は2日にわたって行われたそうです。
何度か休みを取りながら行われたわけですが、その休みの間の
リフレシュにと手軽な連歌が楽しまれました。
滑稽と機知で言葉を連ねていきます。当然限られた時間ですから
スピード、即興性が求められました。
俳諧というのはもともと滑稽と機知という意味です。
ですからこのサブセットを俳諧と呼ぶのは当を得たことです。
心太俳諧通信はその滑稽と機知の源泉を「ちょと違って見る行為」
に求めたわけです。
また連歌では次々と場面が変わり、登場人物が変わります。
そうあなたはその場にふさわしく、あるいはその人にふさわしく
振舞わねばなりません。
青森にお住まいのあなたが連句の中では東京の高層ビルの下にたっているかもしれません。
か弱き女性のあなたが天下無双の豪傑になることもありえます。
これぞまさに「ちょっと違って見る行為」にほかなりません。ちょっとどころではないかもしれませんね。

4 我家・座
さてここで我家というのは具体的には
 1 心太俳諧通信(sasa.org)
 2 花の下連句
   yahoo chat 生活と文化のユーザールーム 花の下連句
   月−金 21:30-23:00
 3 心太俳諧通信のオフ会
を指します。別の言い方をすれば座といいます。
この「我家」での連句に参加する人を連衆といいます。
昔、連歌の先達は、連歌の座をともにすると、兄弟のように
思えてくるといいました。そういう意味でも我家なのでしょう。

5 連句・半歌仙
さて連歌、連句、歌仙、俳諧 と付け合いの文芸を指す言葉が
でてきましたが、

連句という言葉が広く使われていますのでそれでいきましょう。
長さは歌仙(36句)がポピュラーですが、その半分の半歌仙
(18句)を我家では標準とします。
というのは歌仙に費やす(歌仙を巻く)時間は、一刻だったそうです
約2時間ですね。ところが現代人が巻くとこの時間ではおさまりません。
2時間で半分ぐらいがやっとです。
それ以上かけてやっても集中力が薄れて、とても滑稽と機知の文芸
ではなくなります。
現在チャット連句は1時間半でやっていますが、少しきついかなというところです。
掲示板では1週間というのがめどですね。1日3句づつ進んで6日間で半歌仙。
それ以上かかると集中力が薄れてしまいます。

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