その2
「一、正風俳諧のこころは、万物の道、万の業にもかよひて
一端にとどまるべからず。
世に俳諧の文字をときて、誹は非の音なりとて、俳の字然るべしといへる人もあり
或いは史記の滑稽を引きて、穿鑿のさたに及ぶ者も在り。」
あたくしどもの俳諧と申しましても
ほかのものと離れて立っているわけではございません
学問やら仏の道やら、、人の極めまする道というものなんでも
また、世渡りの腕やら、毎日の明け暮れなんにせよ
無縁のものはございません、
まずは、ひろく心を広げてなんにでも、目をお向けになることですな
世の中にはいろんなことを言う人がおりまして
俳諧って四角い字を弁じ立てましてね
まあ、俳諧とか誹諧とか書くんですけど
誹の字はいけないっていうんですよ、
誹は非って字の読みとおんなじだからってね、
中国の史記って本には滑稽なんてのと一緒に俳諧ってのが出てくるそうですがね
まあ誹はひとの悪口を言う、俳はふざけるってことですかね
どっちでもいいじゃありませんか
そんな、むかしはどっちの字書いたんだ、
だからいいとか悪いとかっていうような理屈。
「然れども、吾門には俳諧古人なしと看破する眼より
言語に遊ぶといえる道理にまかせて、
俳、誹の二字ともに用いて捨てず」
わたしどもは先達のまねごとじゃ俳諧はなりたってゆかないと
もう見破ってるんでございます。
俳諧は まずは言葉、
花に遊ぶ人あり、月に遊ぶ人あり、俳諧てのは言葉に遊ぶんで
ございます。
だから、俳も誹もどっちもいけないとは申しません
「他門に対して論ずることなかれ、と翁申したまひき
道理と理屈の二種あり」
よそ様がなんとおっしゃっても、あっちが間違ってるとか何とか
そんなことを、言うものではありません
この世には理屈もあれば
それとちがう、あたりまえの姿ってのもあるんでございます
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